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東京地方裁判所 昭和36年(レ)466号 判決 1962年5月31日

判  決

東京都中央区銀座八丁目一番地

控訴人

帝国産金興業株式会社

右代表者代表取締役

石川博資

東京都中央区銀座八丁目一番地

控訴人

帝産オート株式会社

右代表者代表取締役

石川博資

右両名訴訟代理人弁護士

椎津盛一

右同

丁野暁春

右同

中沢喜一

大阪市東区北浜二丁目三一番地

仮住所東京都港区芝白金三光町三〇二番地

被控訴人

古川浩

右訴訟代理人弁護士

岡部庄次

右当事者間の昭和三六年(レ)第四六六号株式名義書換請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人ら訴訟代理人において株式会社なる企業組織は単に私的利益の追求の場にとどまることなく、国民経済的な全体に所属する因子として重要な社会的機能を担う別個独立の存在と目的とを有するもので、企業自体は会社において結合する私的利益の統一体の体現者たると同時に社会的公共的利益の体現者たる性格をもつているのであり、これらの利益はすべて企業の維持発展において共通の満足を見出すのであり、かかる意味において企業は社会的制度としての機能においてもその把持者としての会社法的拘束の点からいつても独立の法益として特殊の保護に値するもので、控訴人両会社は多数の他の善良なる株主及び会社自身の正常な運営を擁護するためにも、控訴人ら主張のような不当な意図のもとに株式を譲受けた者に対し、控訴人両会社において、その株式の名義書換請求を拒否しうる正当な事由があると述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

被控訴人がその主張の頃、控訴人帝国産金興業株式会社に対し同会社の一〇株の株券二枚を、控訴人帝産オート株式会社に対し同会社の五〇株の株券四枚を譲渡証書とともに呈示して、株式の名義書換を請求したことはいずれも各当事者間に争いがなく、(証拠)に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人はその主張の頃、控訴人帝国産金興業株式会社の一〇株の記名式株券を訴外米井節次郎から譲渡証書とともに交付を受けて同会社の二〇株の株式の譲渡を受けたこと並びに控訴人帝産オート株式会社の五〇株の記名式株券二枚を訴外塚平三禧夫から、同控訴人会社の五〇株の記名式株券二枚を訴外柴田徳三からそれぞれ譲渡証書とともに交付を受けて同会社の二〇〇株の株式の譲渡をうけたことを認めることができ、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

控訴人らは被控訴人の本件株式の譲り受けは、会社荒しをすることにより不当の利益を得ることのみを目的としてしたものであるから絶対無効少なくとも控訴人両会社に対する関係において無効であると主張するので、以下にこの点についいての当裁判所の見解を披歴する。

凡そ財貨(権利)の取得は、法が特にその融通性を否定または制限しないかぎり個人の自由であつて、その取得の効力はその目的のいかんにより左右されることはない。それ故に財貨の取得がかりに他人を苦しめこれに乗じて不当の利益をうることの目的に出たものであるとしても、それだけの理由でその効力が否定されるということはありえない。このことは、たとえば、権原なく他人の土地に引湯管を敷設した温泉会社に対し、その撤去を強請して困惑させ、これに乗じてその土地を不当に高価で売りつける目的でこれを他人から取得したとしてもその取得自体には何らのかしを包蔵しないことからも明らかであろう。そもそも財貨の流通は個人の経済生活の向上ひいて文化の発展に欠くべからざるものであり、したがつて、その円滑な取引は交換経済の社会においていわばマグナ・カルタとも認むべきものである。法律思想においていわゆる取引の安全または外観主義が強調されるのもこのためである。しかるに、取引の当事者が内心にどのような意図を包蔵しているかというようなことは、外部からは全然窺知しえないことがらであつてこのような当事者の内心の意図により当該取引の効力を左右されては、取引の円滑は阻害されざるをえない。たとえば、代表取締役が横領の意思で会社財産を他に処分したからといつて、その処分行為を無効としては取引の安全は期せられないのであろう。したがつて、一般には経済取引において当事者が内心に不法の目的を抱いているということは、何らその行為の効力を左右すべき要因たりえないものと解さざるをえないのでなる。もとより、取引にあたり当事者の不法の目的が表示され、その目的が当該取引の内容をなしていると認めらるべき場合においてはその取引全部が不法性を帯びその効力を否認されるにいたることのあることは、当裁判所もこれを否定しない。たとえば、賭博により負担した債務の弁済に供するものとしてした貸金契約は公序良俗に反し無効である(大判昭和一三年三月三〇日民集一七巻五七八頁)。それ故に、もし、他人を苦しめこれに乗じて不当の利益を貧ることを財貨取得契約の内容としたような場合には、その取得は権利の濫用を目的とするものとしてあるいは無効たるを免れないかも知れない。しかし、財貨の取得にあたりかかる目的を表示して相手方の諒承をうるというようなことはきわめて異例であり、通常の取引として考えられることではない。

ところで、株式はこれを経済的に見れば、一の財貨(財産権)であり、しかもそれは譲渡性を有し、その自由は定款の定めによつてもこれを禁止または制限することができないものである。(商法二〇四条)から、前段に述べた理論はそのまま株式にも妥当するものといわなければならない。それ故に、株式の取得者が著名ないわゆる総会屋であつて、その取得がたんに会社荒しをすることによつて不当の利益をうることだけを目的としたものとしても、その故をもつてその取得が公序良俗に反し無効であるとすることはできない。

もとより、いわゆる総会屋が会社の少数の株式を取得し、株主総会に出席して議事の円滑な進行を妨害し、あるいは会社に対し理由なき帳簿閲覧の請求などをしていやがらせをし、これを利用して会社から不当の利益をえようとし、ために会社をしてその対策に腐心せしめるを常とすることは顕著な事実であつて、かかる総会屋の跳梁を許しえないとする考え方においては当裁判所も控訴人らと全く同感である。それ故に、かかる総会屋がその取得した株式を利用して総会荒しの所為に出でまたはその他の株主権の行使に藉口して会社に対し金品を強要するような場合には、その株主権の行使をもつて会社の正常な運営を妨害することのみを目的とするものとし、権利濫用の法理によりこれを制限または禁止すべき必要があるとすることは、十分にこれを首肯しうることである。しかし、このような不法の目的で株式を取得してその権利を行使する場合において、これを抑止する必要のあるのはその取得した株式による株主権の行使であつて、行使の前提となる株式の取得そのものではない。株式の取得それ自体はその動機がいかにもあれ、いまだに会社の運営にいささかの障害をも及ぼさず、これを抑止すべき必要性は存しない。株式を取得して会社の運営を阻害する蓋然性が強いということは、株式の譲渡の自由を制限してまでこれを予防する必要を認めしめるものではなく、その防圧は取得した株式による株主権の行使を制限または禁止するだけである。

控訴人らは、会社荒しを目的とする株式の取得は国家社会の一般的な利益または倫理観念に著しく反し、公序良俗に反すると主張するが、当裁判所はかかる見解を是認しない。右に述べたように、会社荒しを目的とする株式の取得によつては発行会社すら何らの痛痒を感ぜず、いわんや国家社会の一般的利益ないし倫理観念のかわるところでないからである。控訴人らはあるいは、株式の取得と株主権の行使とを不可分のものと曲解または誤解しているのではあるまいか。

会社荒しを目的とする株式の取得でも、その取得自体は何ら会社の運営に支障を及ぼさず、したがつて、これを無効と解しえないことは上に述べたとおりである。したがつて、その取得は当該発行会社に対する関係でのみ無効であるとする根拠も生じえない。このことは、いわゆる会社乗取りのための株式の取得のことを考えれば明らかであろう。会社経営権掌握のため会社の全株式ないし大部分の株式が取得される場合も稀ではないが、この場合でもその実体は会社経営陣の交替が行われるだけのことであつて、会社そのものは何らの利害を有せず、したがつて、会社からその取得の無効を主張しうる筋合ではないのである。会社の全株式ないし大部分の株式移転についてすら会社自体は右のように利害を有しない以上、その少部分の移転についてのみ利害を有するということはありえない。

次に控訴人らは会社荒しを目的として取得した株式につき発行会社に対して名義書換を求めるのは権利の濫用であり発行会社は企業自体としてその維持のためその請求を拒絶することができると主張する。しかし、株式を取得した者がその株式につき会社に対して名義書換を請求するのは、たんに会社に対する関係でも株主たる地位を主張しうる地位を確保するためであつて、その請求自体についてはその濫用という観念を容れる余地がない。この理は不動産取得者がその所有権に基きその移転登記を求める場合と同一である。なるほど、これらの場合にもそれぞれ名義書換または移転登記の請求権があることは事実であり、その権利がある以上その濫用ということも考えられないことはなさそうである。しかし、名義書換または所有権移転登記の請求権はそれぞれの実質権に応ずる形式権であり、それはいわば実質権の外被をなすものにすぎない。それは実質権に必ず伴うべきものであり、実質権を本然の姿に確保するための手段たる地位にあるものである。それ故に、いやしくもその実質権たる株主権または不動産所有権が有効に存する以上、これを本然の姿とするために必要な名義書換または所有権移転登記の請求を認めざるをえないのであつて、実質権を離れ形式権たる名義書換または所有権移転登記の請求権の行使のみを捉えて権利の濫用とすることはできないものである。これを約言すれば株式または不動産の取得と株式の名義書換または不動産の所有権移転登記の請求とは常に不可分の関係にあり、前者の効力を是認しながら、後者を権利の濫用として禁止することをえないものと解すべきである。

なお、控訴人らは、会社荒しを目的として取得した株式については、かりにその取得が有効であつても、発行会社は企業維持上その名義書換の請求を拒むことができると主張するが、その主張の理由のないことは上に述べたところから明らかであろう。ひつきよう発行会社は株式取得の効力を争わずしてたんにその名義書換請求のみを拒否することはできないのである。のみならず、発行会社は株主の名義書換請求を拒む利益を有しない。発行会社が株主の名義書換を拒むということは、会社に対する関係で株式の取得を否認するということであるが、さきに詳述したように、会社は株式の取得自体に利害を有しないのであるから、その取得の効力を会社に対して主張しうる手段たる名義書換についても利害を有しないものというべきだからである。これを要するに、発行会社は、会社荒しを目的として取得した株式につきその名義書換をし、その取得を会社に対抗しうる株主として株主権を不当に行使する者がある場合に、その行使を権利の濫用として否認しうることのあるは格別、その取得の効力を争いまたはこれに基く名義書換の請求を拒む術はないものといわざるをえない。

以上により、当裁判所は、被控訴人が著名な総会屋であつて本件株式の取得が会社荒しのみを目的としたものであるかどうかを問わず、その取得は有効であつて、控訴人ら会社は被控訴人に対しその名義書換を拒むことができないものと解するから被控訴人の右の請求を認容した原判決は正当であつて控訴人らの本件控訴は理由がないものと認め、民訴第三八四条第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 白 川 芳 澄

裁判官 近 藤 和 義

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